【I Love NY】月刊紐育音楽通信 May 2018

天候的には中々春らしくならないニューヨークですし、気温の変化は激しく、そもそも日本に比べて四季のバランスが偏っている(つまり、夏と冬が長く、春と秋は短い)ニューヨークですので、ワシントンDCのみならず、近年は益々ニューヨークでも春の風物詩の一つとなりつつある桜の花見も、満開の期間は僅かであり、またタイミングも読みにくいため、今一つ注目度や盛り上がりに欠けるものがあります。

 とは言え、春の兆しを感じれば、多少肌寒くても薄着で我慢しながら(?)日光浴をするのがニューヨーカーとも言えますし、ニューヨーク市内の公園は週末のみならず、平日の日中も人で溢れています。

 マンハッタンを代表する公園と言えばセントラル・パークですが、広さは圧倒的に小さくはなりますが、ミッドタウンのド真ん中に位置するブライアント・パークは、実はセントラル・パークよりも歴史の古い公園です。四方を摩天楼に囲まれた公園内にある広場は冬場はスケート・リンクとなり、冬場以外は映画、ミュージカル、クラシック音楽のコンサート、ジャズ演奏なども行われ、周辺に居住・勤務するニューヨーカー達がランチや趣味など思い思いにくつろぐ憩いの場であるわけですが、この公園に隣接した名所にニューヨーク公共図書館があります(市内に数多くある市立・公立図書館とは別の独立法人による私立図書館です)。

 ここは正面玄関前の2頭のライオン像とその建築様式(ボザール建築)で有名で、膨大な蔵書自体に関しては一般的にはそれほどの関心度はありませんが、実はこの図書館内には「くまのプーさん」のオリジナルの人形達という意外な展示物があります。

 「くまのプーさん」は、作者A.A.ミルンが自分の息子クリストファー・ロビンと息子が大事にしていた人形達を主人公に仕立てたファンタジー・ストーリーであることはよく知られていますが、その息子が実際に所有していた人形達が、この図書館に保管されているのです。保管・展示と言っても大袈裟なものではなく、地下にある子供の蔵書&読書スペースの一角に、プーさん、コブタくん、ティガー、イーヨ、カンガ達が仲良く並んでガラス・ケースの中に収まっているだけです。しかし、これは私を含め、「くまのプーさん」で育ったような“プーさんファン”にはたまらない展示物であると言えますし、すっかり擦り切れてボロボロになった“本物のキャラ達”と対面できるのは何とも感慨深く、心癒されるものがあります。

 

 

 

トピック1:タイムズ・スクエアの名物ライヴ・ハウス「B.B.Kings」閉店

 

 ライヴ・ハウスの閉店は、ニューヨーク特にマンハッタンにおいては珍しいことでも驚くべきことでもありません。何しろ家賃は常に目を見張るほど高騰し続けているわけですから、マンハッタンでは大型CDショップは消滅し、本屋も風前の灯となり、人気レストランでさえも一寸先は闇と言っても良い情況であるわけです。

 ダンス・ミュージックやクラブが若者カルチャーの主流となり、音楽鑑賞自体もダウンロードやストリーミングが主流となることによって、ライヴ・ミュージックは益々退潮の一途を辿っていきましたが、それでも中高年齢層や観光客をうまく取り込んだミュージック・クラブは何とか生き残っていると言えました。

 

 そうした中で最近、ライヴ・ミュージック自体が活性化とまではいきませんが、少しずつ復調の兆しも見せてきていたことは事実でした。それなのに、“中高年齢層や観光客をうまく取り込んだミュージック・クラブ”の典型とも言える名物人気ライヴ・ハウス「B.B.Kings」の閉店は、音楽関係者の間でも少なからずショックを与えています。

 「B.B.Kings」はタイムズ・スクエアは42丁目のど真ん中にあるという最高の立地条件と、懐メロ系音楽&バンドをラインナップの中心にしつつ、新進・中堅・隠れた実力派アーティストなどのコアな音楽ファン向けのブッキングも取り入れ、また観光客を惹きつける企画、という多角的なアプローチで常に満員状態であったべニューでした。もちろん場所が場所ですので、以前から家賃高騰で移転・閉店の噂はありましたが、それでも「なんとか維持できるだろう」と楽観視もされていました。それが遂に不安が現実となってしまったというわけです。

 

 私自身もこれまで観客としてはもちろんのこと、プロデュースやマネージメントしていたアーティストが何度か出演し、長きに渡ってその表も裏も体験してきただけに、今回の閉店には何とも寂しい思いがあります。

 しかも、全ての料金がニューヨーク(マンハッタン)の中でもダントツに高いタイムズ・スクエアにあって、「B.B.Kings」のミュージック・チャージは大半が$50前後という良心的と言えるものでした。ウェイターやウェイトレスを始めとする従業員の数も決して少なくは無く、待たされることが当たり前のニューヨークにおいても、そのサービスは決して悪くはありませんでした。しかし考えてみれば、こうしたクオリティの維持も、残念ながら今の不動産状況から考えれば、あまり現実に即した合理的・経済的なものとは言えなかったのかもしれません。

 偉大なるその店名の主であるB.B.キングは既に3年前にこの世を去りましたが、B.B.に次ぐ伝説的な巨匠ブルース・ギタリストと言えるバディ・ガイが「B.B.Kings」の最後のステージを飾ることになりました。

 

 

トピック2:音楽もの・アーティストものが目白押しのミュージカル

 

 アメリカ3大ネットワークのテレビ局が、1日1回限りのスタジオ・“ライブ”・ミュージカルの放映を始めたことは、以前にもお話しましたが、その後も、この試みは続いており、今年はイースター(キリスト教におけるイエス・キリストの復活祭)の日となった4月1日の夜に「ジーザス・クライスト・スーパースター」が上演・放映されました。

 このミュージカルは、基本的に音楽を伴わない台詞のみというのは無く、歌(音楽)が全てという、ミュージカル史上最も音楽的なミュージカルとも言えますし、1971年の初演前にまずは音楽のみのレコード版が発売され、ディープ・パープルのイアン・ギランがイエス役を務めたことも当時大きな話題となりました。

 

 ストーリーはイエスと彼を裏切ったユダの愛憎劇を中心としたイエスの最後の7日間をテーマにしたものですが、イエスの7日間の生涯というよりも、主役はユダとも言えるほど彼の存在感が圧倒的で、苦悩するイエスと共に、ユダのイエスに対する批判や失望という新解釈が加えられたため、初演から常に保守・原理主義的なキリスト教徒やユダヤ教徒の間では批判や抗議行動が起こってきた問題のミュージカルと言えます。

 今回のテレビ・ミュージカル版では更に、非白人がイエス・キリストやユダを始めとする使徒達を演じる快挙となったため、それも更に論争を巻き起すことにもなりました。しかもトランプ政権下で政治的にも宗教的にも偏った保守右派が再び台頭している今のご時勢ですから、何とも残念な批判酷評(というか誹謗中傷)もいろいろとあり、有名人・著名人・一部のメディアも含めて「黒人のイエスや刺青をした使徒などは受け入れられない(観るに耐えない)」といった声も上がり、それらには白人至上主義者のみならず多くの保守派キリスト教徒達から賛同・賞賛の声も上がるなど、相変わらずの分裂・対立ぶりも見せています。

 

 主演は既にグラミー賞10冠に輝き、実力的には圧倒的な評価を受けているジョン・レジェンド。彼はマーティン・ルーサー・キングJrに率いられたアラバマ州セルマからモンゴメリーへの行進(いわゆる「血の日曜日事件」)をテーマにした映画「グローリー/明日への行進」の主題歌でアカデミー賞を、そしてプロデューサーを務めた舞台「Jitney」でトニー賞を受賞していますので、もしも今回のミュージカルでエミー賞を受賞すれば、何とショービジネス界の4大アワードを制覇することになります。

 出演者は他にも中々豪華且つ興味深く、ヘロデ王には、アリス・クーパー。イスカリオテのユダには、これまで数回トニー賞にもノミネートされている若手実力派のブランドン・ヴィクター・ディクソン。マグダラのマリアには、これまで数回グラミー賞にノミネートされている若手実力派シンガー・ソングライターのサラ・バレリスが本格的なミュージカル初挑戦となりました。

 レジェントの熱演とアリス・クーパーの“怪演”は大きな賞賛を受けましたが、特に最近、歴史的にも宗教的にも、そして女性の権利運動が盛んな今の世相的にも益々再評価が高まっているマグダラのマリアを見事に演じ表現したバレリスは、今後益々注目の存在となりそうです。

 

 そうした中で、テレビ業界のみならず本家ミュージカル界でも音楽系・音楽アーティスト系の新作プログラムが続々と登場してきました。中でもドナ・サマーとシェールのミュージカルは今年一番の話題作とも言えそうな勢いです。

 この二人はどちらもアメリカのポピュラー音楽を代表するアイコン的なクイーンでありディーヴァであると言えますし、しかもどちらも声の存在感は圧倒的です。地声の凄さではアレサ・フランクリンやチャカ・カーンも敵わないと言われるドナ・サマー(ドナ本人は子供時代、自分の声は警察のサイレンみたいで嫌いだったそうですが)。見た目のインパクトに圧倒されがちですが、実はドスの効いた凄みのある声も誰にも真似のできないシェール。文字通り唯一無二のクイーン/ディーヴァと言える2人のミュージカル作品は今、アメリカの音楽業界においても大変話題となっています。

 

 ドナ・サマーは言わずと知れたディスコ・クイーン。シェールも98年に世界的な大ヒットとなった「Believe」ではグラミー賞の最優秀ダンス・レコーディング賞も受賞し、新しいタイプのディスコ・クイーンとしても君臨するようになったと言えます。どちらも強烈なパブリック・イメージを持ちながらも、それらに縛られること無く、素のまま地のままに生きてきた力強い女性達ですし、それぞれに様々な葛藤を乗り越えてきた人間であるのも興味深い点です。

 

 ボストン生まれで黒人教会育ちのドナは、10歳の時に通っていた黒人教会で歌い始めたのがきっかけという、黒人シンガーとしては典型的なパターンとも言えますが、プロとしてはミュージカル「ヘアー」のドイツ公演に参加後約8年間ドイツを拠点に活動し(故にドイツ語堪能)、最初の夫はオーストリア人で、その死去まで良きパートナーであった再婚の夫も白人(ドナと共演活動も行っていたニューヨークのバンド、Brooklyn Dreamsのメンバー)ということで、その後の活動や私生活は“典型的”とは言えない興味深い点が多々あります。

 “ディスコ・クイーン、ドナ”は、ドイツ時代に出会ったジョルジオ・モロダーによってビジネス的・プロダクション的に作り上げられたものですが、ドナとモロダーの関係には一つの理想的なシンガーとプロデューサーの関係を見ることもできます。それはアイディア・戦略だけではない本当の意味での共同制作と良い信頼関係とも言えます。

 ドナは単なるシンガーではなく、優れたソングライターでもあり、彼女のヒット曲の多くは実は彼女自身の作品でした。ちなみに、ドナ自作自演の代表曲の一つに彼女のメジャー・デビュー曲となった「Love To Love You Baby(愛の誘惑)」がありますが、曲中で囁くような歌声と共に喘ぎ悶え続け、23回のオルガスムが訪れる(どうやって数えたのか…)とも言われたこの曲は、元々他のシンガーのためのデモ曲としてドナがレコーディングしたものが、結局ドナ自身の作品として発売されることになり、しかもそれによってセックス・シンボル的なレッテルまで貼られることになりました。敬虔なクリスチャンであるドナは、そのことに罪悪感を感じ、ある時期から約25年間、この曲を自分のコンサートでは取り上げないという“封印”を行ったわけですが、これにはドナ自身の長年に渡る葛藤があったと言えます。

 そんなドナのドイツからの“出戻りアメリカン・ドリーム人生”を、3人のドナが登場して歌い踊るという新ミュージカル「Summer」は、昨年11月にサンディエゴでプレミア公演が行われ、いよいよ4月からニューヨーク・デビューとなります。

 

 一方のシェールは、60年代からソロ活動をスタートさせていますが、10台からのデビューでしたので、実は年齢はドナよりも2歳上なだけです。

 ネイティヴ・アメリカン、ドイツ系、アイルランド系、アルメニア系の血が流れ、実にエキゾチックな顔立ちのシェールはソニー・ボノとのコンビで60年代後半には次々と大ヒット曲を連発し、70年代前半はTV番組「ソニー&シェール・ショー」で更に爆発的な人気を得ていきました。しかし、この栄光の時代は、マス・メディアの中心にあって極めてパブリック・イメージが重視され、またそれに束縛された点で、シェールにとっては本領を発揮できない葛藤の時期でもあったようです。よって、ソニーとの離婚・独立以降が、いよいよシェールの本領発揮となる真の“女王誕生ストーリー”とも言えます。

 とは言え、ボノとの離婚後のシェールの人生は正に波乱万丈と言えるものでした。先日亡くなったサザン・ロックの帝王とも言えるグレッグ・オールマンとの再婚は大変話題にはなりましたが、シェールのみによるTVショーやソロ・アルバムの商業的不成功と、常に各方面からの批判にさらされてきました。

 それらをはねのけながら、また浮き静みしながらも、何度も何度もカムバックを果たしてはヒット曲を出したり、ある意味音楽界以上に映画界において評価・成功を勝ち得たり、といった不屈の精神力と活動が、現在のシェールに対する(特に女性から)圧倒的な人気・支持になっていると言えます。

 しかも、アーティストとしての活動以外にも、戦没者や退役軍人達、難病の子供達、AIDS患者や犠牲者に対する基金の設立・運営、LGBTQの権利活動や最近ではトランプとその政権に対する激しい批判など、慈善運動や権利活動家としての側面も、彼女の人間的魅力を一層強めています。

 そんなシェールの伝記ミュージカル「The Sher Show」は、まずはシカゴにて6月中旬から1ヶ月開演され、その後いよいよ11月にニューヨークにやってきます。

 

 

 

 

 

 

記事一覧
これはサイドバーです。