【I Love NY】月刊紐育音楽通信 June 2018
アメリカはメモリアル・デーを迎えると、ニューヨーク並びに北東部は夏を迎えることになりますが、依然気温の寒暖は激しく、雨も多い毎日が続いています。先日、十代前半の子供達と話していた時に、彼等がニューヨークの雨期(レイニー・シーズン)がどうのという話を始めたので、「ちょっと待ってくれよ。ニューヨークには雨期なんてないよ」と言ったところ、子供達は「でも5~6月は雨ばかりだよ」と言うので、なるほどと思いました。
そもそも、梅雨と地震が無いのがニューヨークの良さでもあり、長く厳しい冬がニューヨークの辛いところでもあったわけですが、それも今や一昔前の話となっている感があります。世界各地で異常気象や気候の変化は続いているわけですが、これだけ雨が多く、冬の吹雪も少なくなり、日々天候の変化が著しい中で育ってきている子供達には、これがニューヨークの気候であるわけです。私自身、日本から来られる人に、「ニューヨークは気候的にいつがベストですか?」と聞かれると夏に入る前の春と冬に入る前の秋がベストであるといつも答えていましたが、今や5月は花粉シーズンで雨も多く、6月はそれを受けたまま夏に突入してしまい、9月はまだ暑く、10月は冬並に寒くなったりもしますので、最近は特に返答に困ってしまいます。言われてみれば、昔は秋のニューヨークを題材にした歌がいろいろとありましたが、それも今や歌詞の内容にあるような秋の風情を感じることは難しくなってきました。昨今の気候変動によって春と秋は益々短くなり、暑い夏と寒い冬が長く、その間に雨期という、あまり嬉しくない状況の中、若い世代や子供達の季節感というのも、徐々に変わってきていることを感じます。
トピック1:止まることなくオープンし続けるニューヨークの新ライヴ・ハウス
前回、ニューヨークはタイムズ・スクエアの名物人気ライヴ・ハウス「B.B.Kings」の閉店についてお話しましたが、閉店の感傷に浸る間もなく、新しいミュージック・ヴェニューは次々とオープンしています。カントリー音楽の聖地ナッシュヴィルにあるグランド・オール・オープリーのニューヨーク版キャバレー・スタイル(ディナー・ショー・スタイル)の店がタイムズ・スクエアに登場したことは以前にもお話ししましたが、閉店した「B.B.Kings」も経営していたブルーノート・エンターテインメント・グループが、ソニー・コーポレーションとのパートナーシップによって、元パラマウント・ホテルの地下に「Sony Hall」という、500席(立ち見の場合は1000人)キャパの新ホールをオープンさせました。
この「Sony Hall」は閉店した「B.B.Kings」とほぼ同サイズのホールで、やはりディナー&バー・スタイルのクラシックなジャズ・クラブ・タイプと言え、更には出演アーティストのラインナップも「B.B.Kings」を踏襲している感もありますが、一番の違い・特徴は、そもそもは1930~40年代にボードヴィル・スタイルのレビューで大人気を博した「ダイアモンド・ホースシュー」という歴史あるサパー・クラブのデザイン&レイアウトに、その名の通りネーミング・ライツを持つソニーによって最新テクノロジーを生かしたディスプレイが導入されたことです。
この21世紀のテクノロジーと戦前のクラシックなクラブという新旧の融合が、ニューヨークの音楽シーンに、また新たな“音楽の名所”を誕生させることになったと言えます。更にマンハッタンはダウンタウンに目を向ければ、大型ハリケーン「サンディ」による大被害の後、長らく改装工事中であったサウス・ストリート・シーポートのピア17が新装オープンし、そのルーフトップがその名も「The Rooftop」として2400席(立ち見3400人収容)の多目的ステージとなり、特に夏場はメジャー・アーティストの音楽コンサートの新名所となることが挙げられます。まずは8月1日のこけら落としは、大人気コメディアンのエイミー・シューマーがショーを行い、翌2日からはこれまた大人気バンドのキング・オブ・レオンが登場することになっていますが、それらに続いて、ダイアナ・ロス、グラディス・ナイト、マイケル・マクドナルド、スティング、スラッシュなどといった超大物アーティスト達も続々登場することになっています。しかもこのルーフトップからは、エンパイア・ステート・ビル、ワン・ワールド(新ワールド・センター・ビル)、ブルックリン・ブリッジ、そして自由の女神全てが見渡せるわけで、“ゴージャスなルーフトップでゴージャスなコンサートを鑑賞”という贅沢さが売りになっています。よって、この豪華で斬新なミュージック・ヴェニューの登場によって、ダウンタウンはミッドタウンと並ぶニューヨークのミュージック・シーンの拠点としても今後益々注目を集めていくことは間違いないでしょう。
トピック2:ニューヨーク市交通局主催の音楽ストリート・パフォーマンス
前々回はニューヨークのストリート・パフォーマンス事情、中でも地下鉄におけるパフォーマンスについてお話ししましたが、今回は先日、毎年恒例のオーディションが行われたニューヨークの(交通公社)であるMTA主催の地下鉄構内パフォーマンスについてもご紹介したいと思います。これはMTAのアート&デザイン部門によって運営される「ミュージック・アンダー・ニューヨーク・プログラム」と呼ばれるもので、実は30年以上の歴史があります。
基本的には地下鉄構内のパフォーマンスですが、MTAが指定・提供する人通りの多い駅構内やターミナル内の30箇所をパフォーマンス・スペースとし、パフォーマンスにあたってはMTA側から出演アーティストの名前が入ったバナーも用意されます。このプログラムでは、現在300組以上の様々なジャンルのアーティストたちのパフォーマンスをフィーチャーしており、2週間単位のパフォーマンスにより、年間では7,000回以上のパフォーマンスを提供している非常に大きなプログラムです。今年5月のオーディションには300組以上の申し込みがあり、その中から最終的には20組強のパフォーマー達が選ばれることになっています。一見、通常の地下鉄パフォーマンスの選抜版・ハイクオリティー版という感じもしますが、もちろん演奏レベル的には質の高さが求められるものの、あくまでもMTAサイドが自分達の音楽プログラムや文化事業、更に大きく言えば広報宣伝活動の一環としてオーディションを行い、パフォーマーを選ぶわけですので、一概にはレベルの差を言うことはできません。応募者はそれぞれ5分間のパフォーマンスを審査員達の前で披露するわけですが、30人の審査員はMTAの同プログラムのスタッフを始め、音楽業界のプロフェッショナル達、ニューヨーク市の文化機関のメンバー達となり、演奏クオリティーと共に交通機関と言う環境下において“適正なパフォーマンス”という観点での判断がなされます。よって、当然のことながら、あまり音量の大きなパフォーマンスは敬遠されますし、クラシック系の室内楽やアコースティック系のパフォーマンスなどが多くなり、更にプログラム全体としてのバランスや多様性を考慮した選択がなされています。そのようなわけで、その音楽内容には好き嫌いや賛否両論が出てきますが、とは言え市の公共交通機関がこのようなプログラムを長年実施し、ミュージシャン達をバックアップし、彼らの演奏活動を奨励しているのは素晴らしい事であると言えます。
トピック3:ブルックリンの図書館が楽器レンタルを開始
その蔵書の数や充実度は別として、アメリカは普段の生活レベルにおいてライブラリー(図書館)との接点が非常に密であると言えます。何しろ、子供の頃から、学校におけるプロジェクト(研究課題の発表)の準備と言えば図書館に行って資料を探すと言うのが常ですし、今では一般市民の読書率はかなり下がっているとは言え、普段の読書(本)も図書館でレンタルするというのはまだまだ一般的な方法であるといえます。図書館はリサーチや読書に限らず、音楽鑑賞や映画鑑賞などに関しても非常に有効な場であり、場所によってはかなりのCDやビデオDVDコレクションもあります。そうした中で、いかなる分野においてもニューヨーク市の中で最先端を行くと言われるブルックリンが、またまた興味深い初の公共レンタル・システムを導入しました。それが図書館による楽器の貸し出しです。これはアマチュアから熟練したミュージシャンに至るまで、楽器演奏を始めようと思ったり、自分自身の音楽教育を向上させたいと思いながらも、経済的に楽器購入が容易ではない人達に向けての新しい公共サービスです。貸与する楽器はヴァイオリン、アコースティック・ギター、ウクレレ、電子キーボード、ドラム・パッド、譜面スタンドといったところで、レンタル期間は通常2ヶ月単位となりています。
こうした楽器機材は図書館に行けば陳列されていてすぐに借りられるわけではなく、Eメールでレンタル申請を行い、希望する楽器機材の空きが出た段階で連絡をもらい、レンタル契約を行うという少々時間と手間のかかるものではありますが、それでも楽器機材がタダで2カ月間使用できるというのは市民にとっては嬉しい公共サービスであると言えます。ちなみにこのサービスは、ブルックリンの公共図書館と同地にあるブルックリン音楽院とのパートナーシップによって実現したプログラムで、楽器レンタルの先には同音楽院でのレッスン受講や割引・奨学金制度なども用意されています。それにしても楽器レンタル、つまり楽器演奏の奨励を公共サービスと考えるところにニューヨーク、厳密にはブルックリンの音楽に対する深い理解と積極的な姿勢というものを強く感じます。つまり、楽器演奏そして音楽というものを単なる娯楽や余暇のみとは考えず、市民生活における大切な文化活動の一部、または文化そのものと捉えている点が評価される点であると思います。これはブルックリンやニューヨークのみならず、アメリカという国全体において認識されている一つの概念・理解であるとも言えます。すべては公共自治体とそれぞれの音楽教育機関の予算次第ではありますが、今後こうしたサービスがニューヨーク市全域に広がっていく可能性は非常に高いと思われます。
トピック4:フォーク・ブーム(再人気)の到来
ニューヨークのライブシーンにおいてここ数年、特に若者達の間で目立って増えてきていると感じられるのがカントリー系やブルーグラス系です。これは人種的に言えば基本的には白人系なのですが、カントリーやブルーグラスはフォーク・ミュージックの一部であるという見地に立てば、黒人系においてはカントリーブルースも一つのフォーク・ミュージックと解釈されますし、更に人種や国を超えて様々なフォーク・ミュージックが注目されてきているという一つの事実も見えてきます。そこにはアコースティック指向・回帰という動きも見えてきますし、ルーツ指向・回帰という点も見えてきます。楽器の電気化・電子化と共に、特にポピュラー音楽系においては音量の増大化が進み、音楽の場(ミュージック・ヴェニュー)が肥大化・密集化していき、更にはダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックの興隆・流行によって、遂には楽器自体が不要無要となっていったこの20年ほどの動きの中で、アコースティック楽器やルーツ系音楽に再び注目が集まってきたことは至って自然な動きであると見ることもできます。
そうした中で、今年で10年目となったブルックリンのフォーク・フェスティバルが益々注目を集めてきている事も興味深いと言えます。このフェスティバルは10年前にジャロピー・シアター&スクール・オブ・ミュージックというブルックリンの小さなミュージック・ヴェニューとの提携によってスタートしましたが、出演者・参加者は年々増え続け、規模も会場も大きくなっていきました。今年は4月の上旬に行われ、40組のパフォーマー達が三日間に渡って演奏を繰り広げましたが、今年の出演者達は白人系が中心と言えるカントリー系・ブルーグラス系といった白人系、黒人系が中心と言えるアコースティック・ブルース系、またはそうしたアメリカン・フォーク・ミュージックに限らず、メキシコ、アルゼンチン、インド、モロッコ、スペイン(フラメンコ)、アイルランド、ドミニカなど様々な国や地域や民族のフォーク・ミュージックが披露されました。フォークと言えば、60年代におけるギター弾き語りスタイルや、反戦ソングなどをイメージしがちですが、それは長く豊かなフォーク・ミュージックの歴史における単なる1ページでしかありません。いわばフォーク・ミュージックは、様々な民族、ひいては人類全体の定住・移住とその生活を背景とした、まさに民衆の音楽と言えることを、このフェスティバルは体現しているとも言えます。