【I LOVE NY】月刊紐育音楽通信July 2018

アメリカは7月4日に独立記念日を迎えます。様々な式典を始め、スポーツ・イベントでも常に国歌「星条旗」を斉唱するアメリカですが、独立記念日のこの日に関しては、国歌よりも多く歌われ、ある種、“独立記念日における国歌”のような歌があります。それが「ゴッド・ブレス・アメリカ」です。

 第二の国歌とも言われるこの曲の作曲者はアーヴィング・バーリン。「ホワイト・クリスマス」の作曲者としてご存知の方も多いと思いますし、ミュージカル好きの方であれば「イースター・パレード」や「ショーほど素敵な商売はない」、ジャズの詳しい方であれば「アレクザンダーズ・ラグタイム・バンド」の作曲者であることをご存知の方もおられるでしょう。

 ガーシュインから“アメリカのシューベルト”などと呼ばれたアーヴィング・バーリンはロシア生まれ(現ベラルーシ)のユダヤ人です。5歳の時に、ロシアによる宗教弾圧・ユダヤ人迫害を逃れ、家族に連れられてアメリカにやってきました。しかも家を焼かれた彼ら家族はバラバラになって祖国を抜け出し、アメリカでようやく再会したと言います。

 その後、ニューヨークのチャイナタウンでカフェのウェイターと同時に店の専属歌手としても歌いながら生計を立てていた彼は、徐々にヒット曲を生み出していき、30歳であった1918年、軍の企画・主催によるミュージカル作品の劇中歌の一つとしてこの歌を作曲します。この年はバーリンが移民としてアメリカにやってきた25年後であり、めでたくアメリカの市民権を得た年でもありました。

 しかし、肝心のこの曲はそのミュージカル作品には採用されずお蔵入り。その後20年経った1938年、当時の人気歌手であったケイト・スミスによってラジオ番組の中で歌われ、爆発的な大ヒットとなります。

 米英戦争時の砲撃を背景に作詞され、軍事色の強い国歌「星条旗」と異なり、この 「ゴッド・ブレス・アメリカ」は美しい自然に恵まれたアメリカという新たな母国を愛する心と、その国を守り、よき方向へと導いてほしい、と神に願い・祈る、シンプルでありながらも力強い歌詞が感動的です。そこには、迫害を逃れてこの国に来た思い、新しい母国に対する愛情と希望、そして絶え間なくこの国に忍び寄る様々な“悪”には屈しないという勇気と信仰などが溢れ、移民の国アメリカとしてのアイデンティティーが強く感じられます。かく言う私もこの歌が大好きで、式典やスポーツ・イベントなどで歌われる際は、思わず声を張り上げて歌い、思わず胸も熱くなります。

 今年はバーリンがこの名曲を作曲して100年、この曲が世に出てからは80年という記念すべき年となります。アメリカが益々混迷の一途をたどっている現状において、この曲の持つ意味や願いは益々重要になっていると言えます。それはこの曲が排他的な自尊心や虚栄心を高揚させるような愛国歌ではなく、移民の国アメリカにおいて、この国を愛する移民によって作られた曲であるからです。

 この名曲「ゴッド・ブレス・アメリカ」の背景を理解して、アメリカの誕生日を心からお祝いしたいと思う今年の独立記念日です。

 

 

トピック1:

 

 企業においても個人においても、アメリカでは「破産」というものが決して珍しいものではありません。それは、“この世の終わり”または“破滅”とは決してイコールとはなりませんし、現状の財産や権利を一端放棄した上での再スタート、つまり“リセット”と捉える見方が一般的です。

 しかし、そんなアメリカにおいても、今年5月のギブソン破産申請のニュースは大きな話題となり、動揺を与えました。ご存知のように、ギブソンはフェンダーと共にアメリカが世界に誇る楽器メーカーの最高峰であるだけでなく、20世紀以降、欧米の音楽ヒストリーを支えてきた点で楽器メーカー以上の存在であり、ギブソンの歴史自体が20世紀以降の欧米の音楽ヒストリーの一つであるとも言えるからです。

 ギブソンの楽器をトレード・マークとするミュージシャン達は列挙に暇がありませんが、敢えて数人の名前を挙げるならば、チャック・ベリー、B.B.キング、エルヴィス・プレスリー、ジミー・ペイジ(レッド・ゼッペリン)、キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)などがその代表選手と言えるかと思います。

 

 ここでは1902年に設立されたギブソンの歴史について詳しく語ることはしませんが、ギブソン・ギターと言えば、一般的にはギブソンのイメージを形成し、ギブソンとイコールで語られることも多いレス・ポール・モデルがその代表格と言えます。ですが、このレス・ポール・モデルの登場は1950年代になってからのことであり、ギブソンのエレクトリック・ギター&ベースが世に出たのも1930年代に入ってからのことです。

 そうしたギブソンの発展と共に1950年代以降の音楽シーンはロックの時代に入っていき、ギブソンは音楽シーンにおいて極めて重要な位置を担っていくわけですが、実はエレクトリック以前の“アコースティック時代”(アコースティック・ギター、マンドリン、バンジョーなど)にこそ、ギブソンが特にアメリカ音楽において大きな位置を占めることになった理由があります。

 この約30年間のアコースティック時代というのは、その後のエレクトリック時代、更には今日のアメリカの音楽シーンを形成する基盤となった時代と言えます。それは音楽的に言えばカントリーでありブルースであり、基本的には前者は白人音楽、後者は黒人音楽と言えますが、実は公民権運動前の“差別の時代”にあってもこれら2つの音楽は、信仰(または希望や絶望)と労働(ワーク・ソング)を歌った民衆の音楽(フォーク・ミュージック)としてそれぞれに影響を与え合い、またある意味で混在し、アメリカの豊かなルーツ・ミュージックを形成することになっていったわけです。そして。それらの音楽演奏の発展を支え続けた最大規模の楽器メーカーが、まぎれも無くギブソンであったということは忘れてはならない点であると言えます。

 

 そうした“アメリカ音楽の心”の一部を担うギブソンが破産申請をしたというニュースは、楽器業界のみならず、そして音楽業界のみならず、アメリカ人にとって大変大きなインパクトを与えたことは間違いありません。そのため、「アメリカが誇るギブソン・ブランド自体がこの世から消えるのか?」とか、「もう我々はギブソン・ギターを手にすることができなくなるのか?」などという大袈裟で不安を煽るようなマスメディア報道も見受けられました。しかし、楽器業界や音楽業界においては逆に冷静というか、むしろ今回の破産申請をギブソン再生・復活の大きなチャンス、とポジティヴに捉える見方が大勢を占めているように思えます。

 その理由としては、破産は“リセット”ということを裏付けるように、アメリカにおいては破産救済法がしっかりと存在・機能し、様々な救済オプションが用意されているということがあります。また、アメリカは投資と買収がビジネスの根底にある国ですので、例え経営は変れど、ある程度の有名ブランドは名前が消えることはまずあり得ないとも言えます(例えば、ギブソンと並ぶフェンダーも、60年代から80年代までの約20年間、CBS社に売却されていました)。

 更にアメリカの企業においてはクレディターと呼ばれる債権者の存在も極めて大きいと言えます。ギブソンの場合は現状約5億ドルの負債を抱えていると言われますが、今回の破産申請を受けて、同社の経営維持のために既存の債権者だけでも既に1億3500万ドルの新たな貸付を行っており、今後新たな債権者も増える見込みですので、ギブソンは新たな貸付のために破産申請をしたのでは?といった疑いや噂話まであるくらいです。

 

 もう一つギブソンにとって明るい話題は、今回の破産申請後の債務再構成という再建プロセスにおいて、これまでギブソンが特にアメリカ以外で拡大させていたオーディオ機器などの開発製造販売部門を一掃し、本来の楽器製造事業に専念することになったということです。

 ギブソンはカラマズー工場閉鎖の2年後となる1986年から、ヘンリー・ジェスコヴィッツがギブソンの再建を進めて大きな成果を上げていきました。私も一度ジェスコヴィッツと名刺交換をしたこともありましたが、この人は言うまでもなく大変有能な事業家で、その経営手腕は実に見事であると言えました。例えば、ギブソンの黄金時代に製造・販売されながらも長年埋もれていたかつての名器達のリイッシューを次々と行ったり、エピフォン・ブランドを使って廉価版の低価格楽器販売によって若者層にアピールして市場を拡大するなど、音楽特に楽器演奏を取り巻く状況としては厳しかった中でも、ギブソンは新たな黄金時代を迎えるかのような勢いを取り戻していきました。

 しかし、ギブソンはその後楽器以外にも徐々にビジネスを広げていき、特に2000年代に入ってからはプロ・オーディオ部門を立ち上げ、ティアックやフィリップスのエレクトロニクス部門を買収したり、オンキョーとパートナーシップを結ぶなど、本業の楽器以外の部門を拡張させ、アメリカ国外でのビジネスにも積極的になっていきました。しかし、それはギブソンという大看板には相応しいビジネスであるとは言えず、時代の推移を見誤った判断であったというネガティヴな評価がされることにもなりました。

 よって、今回の“事件”によってギブソンがシェイプアップし、初心に戻って栄光のヒストリーを再建していくであろうことを、みんなが期待しているということは間違いないと思います。

 

 90年代以降、アメリカにおける楽器人口は激減したと言われます。それはダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックの興隆により、若者達が時間と忍耐が必要とされる楽器演奏を楽しむよりも、お手軽でお洒落なダンスやパーティを一層楽しむようになったことが大きな要因の一つとも言われていますが、それでも前述の“アメリカ音楽の心”は消えることなく、アメリカの誇る文化として現代の若者達に様々な側面から影響を与えていると言えます。

 これまでにも度々お伝えしている最近のアメリカのルーツ志向・アコースティック指向と共に、ギブソンが再び音楽シーンの中心、更には若者文化の中心に舞い戻ってくるのか。この先のギブソンの舵取りが大変注目されます。

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