【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 June 2020」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                

英語で「heart-wrenching(ハートレンチング)」という形容詞があります。一般的には「痛ましい」「悲痛な」と訳すことが多いですが、「ハート」に続く「レンチング」つまり「レンチ」とは「ねじり取る」「もぎ取る」という意味ですので、直訳すれば、「心臓をもぎ取られるような」という強烈な形容と言えます。レンチという工具も「ねじり取る」「もぎ取る」という言葉から来ているわけですが、私自身としてはこのレンチという工具で心臓をえぐり取られるような、おぞましい響きがあります。
 全米のテレビやオンラインで一斉に映し出された5月25日の事件の映像は、まさにこの「ハートレンチング」そのものでした。場所はアメリカ中西部ミネソタ州ミネアポリスの近郊。ラッパーでもあるジョージ・フロイドという46歳の黒人男性を、警官が4人がかりで路上(路面)に押さえ込み、その内のデレク・ショーヴィンという白人警官がフロイド氏の首を8分46秒間に渡って膝で強く押し付けて窒息死させた虐殺の一部始終が、近くにいた人達の携帯電話でビデオ撮影されて公開されたのです。
 頸動脈を塞がれ、体の反応が失われていき、言葉も出なくなっていき、最後は「息ができない。殺さないでくれ」という言葉を発し、鼻血を出して動かなくなり、到着した救急車の担架に無反応な体が乗せられ、という本来ならば公共の電波やネットでは流されるべきではない映像が、視聴者にとてつもないショックを与えました。
 この「ハートレンチング」な事件に続く全米各地でのプロテストの広がり、そして平和的なプロテストの一方で一部暴動・略奪が起きていることはニュース報道でご存じと思います。メディアというのは常にセンセーショナルな部分ばかりをフォーカスしますので(現在の大統領/政府も同じ姿勢と言えます)、「プロテスト=暴動」とも取られがちです。確かに、あまりのショックと怒り・悲しみによって、特に地元を中心としたプロテスター達は過激になっていったこと、また、警備にあたる警官達とのやりとりやもみ合いの中で過剰に反応していったことは間違いありませんが、その基本姿勢としても、また実際のアクションにおいても、プロテスト自体は平和的または非暴力を前提としたものであると言えます。
 特にここ数日は、プロテストの行進の途中で通り過ぎる病院から医療従事者達が外に出てきて拍手とニーリング(膝立ち)で出迎えてくれ、プロテスターも医療従事者への感謝と賞賛として拍手や歓声で返す姿は、コロナと人種差別という二つの大きな問題を抱える市民の共通意識・認識と連帯を表す美しい光景であると言えます。
 実際に私自身も私の子供達もプロテストに参加していますが、発生した破壊・略奪行為やその跡形というのは、まるで別世界・別次元のように思えますし、明らかに“正”と“負”の“異なる2種類のプロテスト”が存在していると強く感じます。
 よって、“負のプロテスト”を許さないのが、私達自身も含め、プロテスター達にとっても非常に大切な点であり、“正のプロテスト”を拡大して、警察・司法・自治体・連邦(国家)に対して「ジャスティス(公正、正義)」を主張し続けることが真の目的・使命であると言えます。
 今回の事件によって、コロナから抜け出す「リオープン(再開)」があらゆるレベルで後退するのは間違いないと言えます。ですが、人間の生きる権利や尊厳すら踏みにじられ、「公正」という言葉も見えない状況では、「リオープン」は形ばかりで意味の無いものであると断言しても過言ではないと言えます。「経済」を立て直して「ウイルス」を駆逐するその前に、自分達自身の「意識」を立て直して「憎しみ・差別」を駆逐する必要があることを、フロイド氏の死は語っているように思えます。
 事件から一週間後の6月1日、フロイド氏の弟であるテレンス・フロイド氏は兄が殺された場所を訪れ、泣きながら祈りを捧げた後、集まった人達に向けて「別の方法」へのチェンジを訴え、「Peace on the left, Justice on the right(左に平和を、右に正義を)」と叫びました。憎しみ・対立と不正が平然と存在する今の世の中において、この言葉はとてつもなく重いと言えるでしょう。

 

トピック:アメリカ音楽界における過去と今回のプロテストについて

 

 今回のニュース・レターでは、ようやくコロナ後のリオープンに向けて動き始めたニューヨーク・シティの様子と、前回の続きとして、ストリーミング・ライヴなどの様々な試みを始め、音楽業界の新たな動きなどについてご紹介する予定でしたが、それらは上記の事件の衝撃で全て吹っ飛ばされ、一時的に麻痺してしまっているような感があります。
 この後、事態がどのように進んでいくのかはまだ予断を許しませんが、現状としてはまだ、白人警官達によるあのおぞましいリンチ殺人とその映像、そして全米各地での破壊行為とその傷跡に、人々は放心状態になっていると言っても過言ではないと思います。
 ちなみに、私の娘のアパート(ロウワー・イースト・サイド)周辺の飲食店などはほとんどが襲撃されてダメージを受け、私がオフィスとして間借りしているビル(ミッドタウン)の向かいにある大型家電店舗は完全に破壊されました。
 私自身は幸い暴動の現場に居合わすことはありませんでしたが、自宅周辺での破壊略奪行為の最中、叫び声や銃声・破壊破裂音、サイレンや空を飛び交うヘリコプターの音で明け方まで一睡もできなかったという娘の話には戦慄しました。
 暴徒に襲撃された翌日に破壊された跡を自分の目で見た時は、もちろん大きな衝撃を受けましたが、それは19年前、2001年9月11日の同時多発テロ直後の衝撃とは明らかに質の異なるものと言えました。それは、9/11のテロが外からの攻撃であったのに対し(例え原因・理由は内にあるとしても)、今回の暴動は全てが“自分達の社会や意識の中から生まれたもの”、または“自分達の社会の結末、または意識の結果”であると言うことができると思います。それだけに、今回の傷は極めて深く、衝撃度も大きいと言えます。

 ですが、その後様々な方面から沸き起こっているポジティヴな思考や方向性、実際のプロテストの行き先や目指すところなど、力強い主張や提言によって、楽観的すぎるかもしれませんが、人々の意識は前進し始めているようにも感じます。問題は、その結果として社会がどれだけ変わることができるか(政治は少なくとも今年11月の大統領選までは変わりません)、ということであると思います。

 そうした中で、音楽界における動きも今回は非常に活発と言えますし、これまでも今回のような黒人に対する白人警察の暴力・殺人事件に対しては、音楽界は敏感且つ積極的に反応してきました。

 1965年に起きたカリフォルニア州ワッツ(その後ロサンゼルス市に吸収合併)暴動と、それに呼応したスタックス・レコードによる大コンサート「ワッツタックス(Wattstax:ワッツとスタックスを組み合わせた造語)」は、今も語り継がれる大事件&歴史的大イベントでしたが、もう少し近いところでは、1992年に起きたロサンゼルス暴動が、音楽界の幅広い分野で強い反発が起きた最初の事件とも言われています。
 これは、ロドニー・キングという黒人男性が飲酒運転&スピード違反の現行犯で逮捕された際に、警官達(白人3人とヒスパニック系1人)に警棒などでメッタ打ちにされるという事件が起こり、起訴された警官達が無罪となったことをきっかけとして起きた暴動でした。
 被害もワッツ暴動を大きく上回り、死者60人以上、逮捕者1万人以上、破壊された建物1000以上、襲撃・略奪された店舗4000以上で、当時の故ブッシュ大統領(父)が約4000人の軍隊と約1000人の暴動鎮圧特別チームを出動させるという非常事態となりました。

 この時の音楽界の反応として、最も過激で話題になったのがアイスTのメタル・バンド、ボディ・カウントによる「コップ・キラー(警官殺し)」でしたし(当時、発売中止処分)、後にレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンがロサンゼルス暴動を題材にしたアルバム「ザ・バトル・オブ・ロサンゼルス」を発表したことも良く知られています。
 ですが、そうした過激なリアクション以上に、多くのアーティスト達がプロテスト的な曲やアルバムを発表したことも注目されました。例えば、ラップ界では2パック、アイス・キューブ、ドクター・ドレ、レッドマンなど、ロック界ではブルース・スプリングスティーン、デヴィッド・ボウイ、エアロスミス、トム・ペティ、ビリー・アイドル、ベン・ハーパー、スレイヤー(アイスTとの共演)、ジャズ界でブランフォード・マーサリスなどが音楽によるプロテストを行いました。

 90年台はその後も白人警官による黒人殺傷事件が続きましたが、その極めつけとも言え、音楽界も強く反発したのが、1999年ニューヨークで発生したディアーロ事件です。
 これは当時、ニューヨーク市警の警官達が、銃も持っていないアフリカ系移民のアマドゥ・ディアーロという青年に向かって41発も集中発砲して殺害したという恐るべき事件で、この時もパブリック・エネミーやワイクリフ・ジョンを初めとする多くのラップ・アーティスト達がプロテストの曲を発表しましたが、最も話題となったのはブルース・スプリングスティーンが発表した「アメリカン・スキン(41発)」であったと言えます。
 この曲はニューヨーク市警の警官達の感情を逆なでし、警官達の組合がスプリングスティーンのコンサートをボイコット(具体的にはコンサートの警備をボイコット)するという強攻策に出て、両者の間と、市民と警察の間で緊張感が高まりました。
 ちなみにこの曲は、ジャクソン・ブラウンやメアリー・J.ブライジ(ケンドリック・ラマーとの共演版もあり)などにも歌い継がれています。

 2000年に入ってからは、特にこうした警官による黒人殺害事件は急激に増えていきました。
 大きく報道された事件に限っても、2005年ニューオーリンズ(犠牲者複数。以下カッコ内は犠牲者名)、2006年ニューヨーク(ショーン・ベル氏)、2009年カリフォルニア州オークランド(オスカー・グラント氏)、2011年カリフォルニア州フラートン(ケリー・トーマス氏)、2014年ニューヨーク(エリック・ガーナー氏)、2014年ミズーリ州ファーガソン(マイケル・ブラウン氏)、2015年サウス・カロライナ州チャールストン(ウォルター・スコット氏)、2015年ボルティモア(フレディ・グレイ氏)、2015年シカゴ(ラクアン・マクドナルド氏)、2016年ミネソタ州ファルコン・ハイツ(フィランド・カスティーユ氏)、2016年オクラホマ州タルサ(テレンス・クラッチャー氏)、2018年ピッツバーグ(アントウォン・ローズ2世氏)、2018年テキサス州アーリント(オシェイ・テリー氏)と続いていき、今年2月のジョージア州ブルンズウィック(アーモー・アーベリー氏。但しこちらは警官ではなく白人親子による殺害)と先月末のミネアポリス(ジョージ・フロイド氏)に至っているという、あまりにも痛ましい状況です。

 今回の事件に対しては、まだコロナ・ウイルスによる制限下にあることから、大々的なプロテストの新曲発表やライヴ、コンサートといった形はまだありません。プロテストはソーシャル・メディア上のコメントが中心となっているわけですが、その急先鋒の一人となっているのは意外にもテイラー・スウィフトであると言えます。
 スウィフトというアーティストは、そもそも政治には全く無関心なタイプと言えました。これまでLGBTQ差別や女性差別に対しては強い態度をもって発言を続けてきましたが、それが2018年の中間選挙時に突如、彼女が選挙権を持つ地元テネシー州の上院と下院における民主党候補者への支持と投票を表明して周囲を驚かせました。
 この支持・投票表明発言を行ったツイッターの反響は極めて大きく、スウィフトの表明によって、彼女のファン層である若者層による有権者登録が7万から15万ほど増えたとも言われています(但し、機密性が重視される選挙データゆえ、それを証明することはできません)。

 さらにスウィフトは、この国には白人であることの特権というものが存在することを認めた上で、現在の黒人運動としては最も勢力を持つBLM(ブラック・ライヴス・マター)の運動への支持を表明し、益々政治色も明確にしていき、昨年の夏頃からはトランプに対する批判をツイッターで展開し始めました(当然のことながらトランプは反ツイートしています)。
 そうした彼女の最近の動きからみれば、これは至って当然とも思えるのですが、今年起きた前述のジョージア州でのアーベリー氏の事件と今回のミネアポリスのフロイド氏に関する事件に関しては明確なプロテストと共に、それらに対するトランプの対応を厳しく非難し、ツイッターの「いいね」の最高獲得数も更新しているという状況です。

 スウィフトの姿勢は今回も特に目立っていますが、他の有名アーティスト達も次々とプロテストを表明し、例えばアリアナ・グランデやホールジー、マシーン・ガン・ケリー、トラヴィス・バーカー(Blink-182のドラマー)などは実際にプロテストに参加しているようです。

 そうした中で、今回はいわゆる音楽業界の中からプロテスト・キャンペーンが生まれました。「ブラックアウト・チューズデイ」と名付けられたもので、先日2日火曜日に行われたばかりでした。これは黒人コミュニティに対するリスペクトとサポートを目的として今回の事件にプロテストするもので、簡単に言えば6月2日の火曜日に音楽業界が業務休止を行ったボイコット運動です。

 このキャンペーンをローンチさせたのは、アトランティック・レコードで要職に就いているブリアナ・アギエマンとジャミーラ・トーマスという二人の黒人女性(前者は既に退社)で、ソーシャル・メディアを通した呼びかけに対して賛同者があっという間に増え、黒人系音楽企業や黒人がトップを務める企業や黒人アーティスト達はもちろんのころ、企業では音楽業界の旧3大企業であるワーナー、ソニー、ユニヴァーサルの3社全て(更にその傘下のレコード会社各社も)が賛同・参加し、スポティファイやアップルといった現在の巨大企業や、興行界のトップであるライヴ・ネイションを始め、音楽業界の主要なビッグネーム達が顔を揃えました。
 また、アーティスト達も即座に反応し、ローリング・ストーンズ、クインシー・ジョーンズ、ビヨンセ、レディ・ガガ、リアナ、ピンク、ケイティ・ペリー、テイラー・スウィフト、ビリー・エイリッシュ、ヨーコ・オノなどといったそうそうたるアーティスト達がサポートを表明しました。

 「音楽産業は数十億ドル規模の産業であり、主に黒人達のアートから利益を得ているのです。私達の使命は、黒人達の努力、闘争、成功から利益を得ている主要企業とそのパートナーを含む業界全体を支えることです。そのためには、透明で目に見える形で、裕福さが偏ってしまった黒人コミュニティを保護し、権利を守ることが、我々の義務であるのです」というのが、このキャンペーンのミッションとなっていますが、今も搾取され続け、いびつな富の分配が成されている現状を改善することが業界の義務である、と宣言している点は、これまで誰もが感じていても公に宣言しなかった(できなかった)ことをしっかりと捉えていると言えますし、驚くべき早さでこれだけの賛同が得られ、音楽業界を超えて更に広がりを見せている大きな理由であると言えます。

 但し、このキャンペーンに対しては早速批判もいくつか起こっています。それは人種というセンシティヴな部分によるところもありますが、「今はサイレント(休止)の時ではなくアクションの時だ」という更にアクティヴな意見もあるようです。
 とは言え、今はどんな形でもアクションを起こすべき時であると言えますし、このキャンペーンがアメリカの音楽業界内の差別と搾取・不正、そしてより活発な制作活動・業務を後押しすることになればと願うばかりです。

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