【I Love NY】「月刊紐育音楽通信 August 2020」

(本記事は弊社のニューヨーク支社のSam Kawaより本場の情報をお届けしています)

Sam Kawa(サム・カワ) 1980年代より自分自身の音楽活動と共に、音楽教則ソフトの企画・制作、音楽アーティストのマネージメント、音楽&映像プロダクションの企画・制作並びにコーディネーション、音楽分野の連載コラムやインタビュー記事の執筆などに携わる。 2008年からはゴスペル教会のチャーチ・ミュージシャン(サックス)/音楽監督も務めると共に、メタル・ベーシストとしても活動中。 最も敬愛する音楽はJ.S.バッハ。ヴィーガンであり動物愛護運動活動家でもある。

                            

「アメリカのウイルスの状況はどうですか?」「アメリカの人種差別問題の行方はどうですか?」

 最近、そんな質問を日本にいる何人かの人から尋ねられました。私ごときにこのような大きな問題を総括的に論評できる資質はないとも言えますが、それ以上にこの“アメリカの”という括りに土台無理があるということが言えます。

 尋ねる側としては、日本の状況に対してアメリカはどうであるのかを知りたいということなのでしょうが、アメリカという国は法律や税金をはじめ、様々な取り決めが異なる州という自治体が“連邦(フェデラル)”というシステムによって繋がってできている合州国で、それは日本の都道府県とは違ってほとんど異なる国の集合体と言っても良いでしょう。例えばニューヨークとロサンゼルス(カリフォルニア)とテキサスとシカゴ(イリノイ)に住む人間とでは、感じ方や認識、意見も大きく異なります。制御不能とも言えるぐらいの対立・分断状況でウイルスも人種差別も政治に利用されて、政治的視点から語られてしまうという有様なのです。ウイルスも人種差別もそもそも政治の話ではありません。ウイルスは人の命の話であり、人種差別は人の権利の話で政治はそれらの上に来るべきものではないはずですが、今はどちらの問題も政治を背景に真っ二つ割れて対立するというあまりに悲しくお粗末な状況であると感じます。

 例えば今、アメリカではウイルスに関して感染者数や死者数に対して厳しい予想を行ったり感染防止対策を強く求める医者や科学者達には脅迫状が送られ、マスクの着用義務に関しては個人の権利を振りかざして抗議・拒絶するという風潮がどんどんと広がっています。これは日本から見ると狂気の沙汰に思えるでしょうが、それらも今は特に政治が背景にあることが非常に大きな問題となっています。そうした中で「文化」というものも政治に利用されてはならないし、利用されるべきではない、という大前提や理想があると思いますが、最近はスポーツまでもが政治に利用され、分断され、翻弄されてしまいアメリカのスポーツ文化は土台から崩れそうな程揺れ動いています。

 では、音楽に関してはどうでしょう。アメリカの文化の中でも特に“対話”と“融合”に関する意識が強く“プロテスト”という面でも力強い歴史を持つアメリカの音楽文化は、他の文化に比べれば政治に利用・分断・翻弄されることも少なく、その独自性を保ってきていると言えます。

 しかし、これもトランプの登場以来、音楽界にも政治の陰が忍び寄り、これまで反トランプが主流であった音楽界が前回お伝えしたカニエ・ウェストの動きとジェイZとの確執などもあってなにやら怪しげな雰囲気が広がりつつあるように感じます。

 他にも政治色を強めているテイラー・スウィフトや相変わらずの問題発言で論争を巻き起こしているマドンナなどに対する様々な反発や批判。これらは今の世の中の動きから見れば政治の動きと関わる非常に不穏な要素をいくつも孕んでおり、この先アメリカの豊かな音楽文化が足元を掬われる危険性も否定できません。

 今年11月の大統領選が近づき、ローリング・ストーンズやニール・ヤングなどはトランプ陣営が彼等の楽曲を使い続けることに対して訴訟を起こしはじめていますが、そういった政治に対するアクションはあって然るべきと言えます。政治に利用・分断・翻弄されるといった“政治の介在”は避けなくてはなりません。

 Covid-19というウイルスは音楽界の活動・ビジネスを根底から覆し始めています。音楽界にはまた別の形の“ウイルス”が侵入しはじめている、そんな恐れを益々感じる今日この頃です。

 いずれにせよ、これから11月までの動き、そして、その後に起こる動きには充分注意していかなければならないと感じています。 

 

 

 

トピック1:試行錯誤のZOOMプロジェクト体験記

 ニューヨーク州は今回のパンデミックで全米最悪の数字を記録しました。それは世界的に見ても最悪級の数字であると言えますが、現時点で死者数が3万3千人近くで、現在感染状況が最悪の南部(特にフロリダとテキサス)も到達できない(そもそも、到達してほしくないですが)数字であると思います。

 人口100万人辺りの死者数が1700人近くというのも全米でダントツの数字で(実はこの数字に関してはニュージャージー州の方が100人ほど上回っていますが)、今思い出してもピーク時のパニック感というのは半端ではありませんでした。

 私自身の回りで亡くなった友人・知人は今のところ6名。これは特別な話ではなく、ニューヨーカーであれば誰かしら死者や入院者がいる人がほとんどであると思われます。

 それが今や、ニューヨーク州は全米で最も感染の抑え込みと再オープンに成功しつつある州と見なされています。もちろん、まだ全ては進行中で油断は禁物ですし、楽観視できません。最近はニューヨークにおいても若者のウイルスに対する理解・知識の低さと無軌道な行動ぶりが非常に大きな問題になっています。新年度を迎えて学校がリモートから対面形式に戻って再オープンすることによって、どのような結果が待ち受けているのかには不安と恐怖も感じます。

 ですが、取りあえずニューヨークは他州よりは、ある程度しっかりとした理解と節度をもって、再オープンまたは復興に向かって進み始めていると言えるでしょう。

 前回は、私の娘が体験したパンデミック下でのレコーディング話をご紹介しましたが、その後もレコーディングの機会は少しずつ増えてきているとのことでストリーミング・ライヴも自主的/インディーなものだけではなく、スタジオ、ヴェニューや団体組織などの主催による客無しストリーミング・ライヴも徐々に増え、娘も既にいくつか出演しているようです。

 また、先日は新しいプロモーション・ビデオの撮影も行われたそうで、充分な距離を保った上での野外撮影に出演してきたそうです。もちろん様々な制約はあるものの、少なくとも「仕事が何も無い」という状況からは抜け出した、という実感は娘自身も大分持てるようになってきたようです。

 確かにレコーディングは小規模で宅録的なプロダクションが中心で、このパンデミック下でも着々と行われています。大規模な国内ツアーの話も現時点では年明けから再スタートというスケジュールが組まれ始めています。

 そうした中、私自身もこれまでとは全く異なる形ではありますが、新しいプロジェクトを始めることができました。今や皆さん誰もが利用しているウェブ・ビデオ会議用のアプリサービス「ZOOM」を使った音楽セミナーです。

 正直言えば、私はこうした新しいテクノロジーに弱い、というか腰の重い人間です。何しろソーシャル・メディアも避けている人間ですし、未だにレコード・プレイヤーやCDで音楽を聴き、ビンテージの楽器で演奏している人間ですので、今の若者達からは“化石”のように思われていると思います。

 そんな時代遅れの古い人間が、更に私よりも古い世代の人間から、新しいテクノロジーを使ったプロジェクトを手伝ってくれないかと誘われたのですから、これはある意味で笑い話とも言えるかもしれません。

 私などに相談を持ちかけてくれた“奇特な”人はデヴィッド・サンボーン。ご存じの方も多いと思いますが、特に70年代から80年代にかけての代表作・ヒット作の数々と大物シンガー達のヒット曲におけるソロによって、まさに一世を風靡した現代最高峰のサックス奏者一人です。

 6度のグラミー賞受賞と8枚のゴールド・アルバムに1枚のプラチナム・アルバムを誇り、彼の地元セントルイスでは、チャック・ベリーやマイルス・デイヴィス、ティナ・ターナーなどと共にいわゆる「アメリカ文化の殿堂入」を果たしているレジェンドでもあります。

 因みに彼は私にとって約45年間に渡る“サックス・ヒーロー”であり師匠でもあります。時折電話をかけてきてくれたり、パンデミック前までは彼のライヴに足を運んで楽屋でしばしの歓談を楽しんだりもしてきましたが、そんな彼も75歳。

 演奏はもちろんまだバリバリの現役ではありますが、マンハッタンの喧噪を離れ、ニューヨーク市の北側に位置し、ロックフェラー家の地元としても知られる高級住宅地に引っ越し、ハドソン川を見下ろす日本的な要素も取り入れた自宅スタジオもある邸宅に居を構えています。

 そんな超大物サックス奏者の彼でも、このパンデミックによる影響は極めて深刻です。何しろ国内・海外問わずツアーというものができないことは、今でもライヴ演奏に重きを置く彼には活動的にもまた経済的にも大きな制約となっていると言えます。そのことは私も充分承知はしていましたが、まさか彼からZOOMプロジェクトのアイディアを聞かされるとは思ってもいませんでした。なにしろ、サンボーンも私もZOOMの重要性・可能性は理解していても、日常的にそれを使用、または使いこなしている人間ではありませんので、話はイメージの領域を出ず中々具体的な形になっていきませんでした。

 そんな状態の中、サンボーンを見出し、以後長年に渡って彼の活動を支えている彼のマネージャーも加わり私も含めた3人での話し合いがスタートしました。このマネージャーは、やはりアメリカ音楽界の中では名マネージャーとして知られる大ベテランの重鎮で、サンボーンの他にもアル・ジャロウを見出して、ジャロウが亡くなるまで彼のマネージメントも手掛けました。また、70年代当時、大人気のジャズ・フュージョン・グループであったクルセイダーズでの活動と同時にソロ活動を開始したジョー・サンプルのマネージメントも手がけ、やはりサンプルが亡くなるまで彼のマネージメントにも取り組んでいました。世代的には彼等と同じでサンボーンと共に70歳台。彼等よりは年齢的に若いとは言え60歳台の私が加わり、新しい時代のアプリ&コミュニケーション・ツールと言えるZOOMを使ったプロジェクトに取り組もうというのですから、事は容易であるはずがありません。

結局、サンボーン側は、マネージャー氏のプロダクションに所属する若いアーティストにアドバーザーとなってもらってヘルプしてもらい、私の方では、今も毎週自分のストリーミング・ライヴを行っていて、様々なアプリやコミュニケーション・ツールに詳しいミュージシャンの娘とブルックリンの大学でアスレチック部門のディレクターを務め、ほぼ毎日ZOOMで数十人の生徒に教えている息子に助けを求め、一からいろいろと教えてもらって、何とか知識と経験を積み重ねてきました。よって、若い世代の人達の助け無しには成し得なかった新しいプロジェクトでしたが、その他様々な人達の助けやアドバイスを受けて何とか形になり、先日第一シリーズとなる計5回のセミナーを終えたところでした。今回のサンボーンによるZOOMクラスは、いわゆる「マスター・クラス」と呼ばれる有名アーティストの音楽や演奏をアーティスト本人が解説・演奏するというもので、それを世界に先駆けて日本のファン/サックス奏者達に届けようというものでした。基本的にミュージック・ティーチャーまたはレッスン・プロとアーティストとは別個に捉えられているアメリカでは「マスター・クラス」はアーティストによるセミナーとして一般的なスタイルであると言えますし、最近では、ハービー・ハンコックやサンタナ、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンのトム・モレロなどもこうしたクラスを行っており、以前よりも有名アーティストが登場する機会も増えています。

 ですが、今回のサンボーンの「マスター・クラス」は、これまでのように視聴者が単にクラスを視聴するだけという一方通行的なものではなく、ZOOMというウェブビデオ会議用のアプリ/サービスならではの利点を活かして、従来の対面式によるプライベート・レッスンやグループ・レッスンさながらにインタラクティヴなコミュニケーションを行おうとしたもので、サンボーン自身の提案で敢えて「マスター・クラス」とは名付けず「セッション」と命名されました。これはアイディアとしては大変素晴らしく、実際に視聴・受講する側にとっても大変嬉しいものであると思われます。ZOOMは会議用に開発されたソフトであって、決して音楽向けではありません。実際に音楽分野においてはまだまだ発展途上であると言えます。そのため、音源・音楽を発信・送信する側の環境がよほどしっかり整っていないと音や音楽を使用したインタラクティヴなやりとりは困難であると言えました。今回のセミナーの“教室”つまり発信地となったサンボーン宅にある自宅スタジオは、これまでレコーディングにも対応してきましたし、自宅のリヴィング・ルーム・スタジオ(演奏スペース)として、オンラインのTV番組の収録も行ってきました。よって充分なミキシングに対応できて“発信元”としては機材的、スペース的、環境的に申し分なく、実際にも問題ありませんでした。しかし、その一方で視聴・受講する側は、プロ・サックス奏者の受講者を除いては、音声に関する送信機器(根本的にはマイクとミキシングと)に関する準備対応がほとんどされておらず、サックスという非常に音量の大きなアコースティック楽器故に音が聴き取れず(コンピュータ内蔵マイクやスマホ用マイクなどを使用していたためリミッターが掛かってしまう)、肝心要のインタラクティヴなやりとりが困難になる場面が多々ありました。しかも、日本の住宅環境という問題も重なり視聴・受講者のほとんどがレンタルの練習スタジオやカラオケ・ボックスなどを利用するという様々な問題を引き起こしました。このように、多くの問題を抱えた第一シリーズでしたが、それでも問題点はある程度明確になってきましたし、今後の対応策や解決法もかなり見えてきました。失敗は成功への第一歩で何事もやってみなければわかりません。

今回は私自身の拙くお粗末な体験談を元にこのパンデミック下を乗り切ろうとする一つの試みについて紹介しましたが、60~70歳台の高年齢層でもこのくらいの試みには取り組めているのですから、もっと若い世代の人達には、更に柔軟でオープンな創意工夫が何倍・何十倍も可能なはずです。どんな状況においても、いかなる状況となっても音楽は素晴らしいということは変わりません。要は新たなテクノロジー(時には古いテクノロジーも)を利用して、手段(ツール)を選ばず、そして誠意をもって取り組み続ければ“音楽を届ける”仕事が消えることは決してないと確信しています。

 

今月もお読みいただきありがとうございます。
次回の配信は9月上旬の予定です。


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